東大大学院で美学を専攻していた小林賢治さんは、そのままアカデミズムの世界に残るつもりでしたが、美学という学問領域で学んだことは外の世界にも生かせるはずだと思い至り、企業に就職する決断をします。その予見通り、コンサルを皮切りに、ビジネス拡大の途上にあったディー・エヌ・エー(DeNA)でも経営陣の1人として力を発揮。一方で、若い会社が突き当たるシビアな局面を何度も経験するうちに、ある思いが芽生えてきます。

(上) 音楽の研究者からビジネスの世界へ 進路変更を決めた訳
(下) DeNAで「修羅場」を経験、起業家を支援しようと決意 ←今回はココ

仕事の中で私たちは頻繁に「美学的な行動」をしている

 美や芸術、感性って、本来は論理的に扱うのはとても難しい分野です。でも僕が大学院で学んでいた美学は、そこをあえて論理的に語ろうとする野心的な学問です。そして同じようなことを、人は仕事でしょっちゅうやっていると思うんです。

 例えば、「なぜこれがいいのか」について、数字「だけ」で他人を説得できる、というのはむしろまれで、実際にはそれ以外の要素も含めて説明することがしばしば必要とされます。「こちらのアイデアのほうがいいと思います」「なぜ?」「好きだからです」では議論になりません。好き嫌い、善しあしの判断について、少なくとも逃げずに語ろう、向き合おうとするのが美学です。理系は論理的できちんとしていて文系は直感的でいいかげん、なんていうことは全くありません。

 研究者にはならず、学問の世界で得たことを別の場所で生かそうと考えた僕は手探りで就職活動を開始。いろいろな会社を受ける中で一番ピンときたコーポレイトディレクション(CDI)というコンサルティングファームに就職しました。

 コンサルタントは正しいことを論理的に導き出した上で、「それ、やってみるか」という方向にクライアントの心を動かす仕事です。相手をどう説得するかは、コンサルタントそれぞれのスタイルがあります。どこまでも論理で貫き通す人もいれば、一緒にゴルフをして仲良くなり、「君の言うことなら」と思ってもらう人もいる。僕の場合は何かしら人に働きかける部分で、美学から学んだ要素がある気がしています。

 コンサルは1つのプロジェクトに対し、大体4、5人でチームを組んで数カ月間濃密な時間を過ごします。朝昼晩、大抵の場合食事もずっと一緒で、ああでもないこうでもないと会議で議論を重ねる。僕は人と一緒に何かをする中で新しいアイデアが生まれる場面がすごく好きで、それは今も変わりません。

 オーケストラでフルートを演奏するのも同じ感覚です。「ヴァイオリンがそう弾くなら僕はこう吹こうかな」といったインタラクティブなやり取りの中で、自分の創造性が発揮されます。逆に1人でずっと調べ物に没頭するようなことは苦手なので、根本的に文系の研究者には向いていなかったですね(笑)。

 CDIでの仕事は自分でもうまくいっている手応えがありましたが、順調に行くほど、このまま普通の「いいコンサルタント」で人生を終えそうな気がして、不安になってきました。そんなときにディー・エヌ・エー(DeNA)のプロジェクトを1人で担当することになり、僕は大がかりな人事組織改革を提案。すると創業経営者の南場智子さんから、「これ、あなたがうちに来てやればいいんじゃないの?」と誘われました。

「このままコンサルタントとして無難な人生を歩んでいきそうな自分にモヤモヤしていた頃、1人で担当することになったDeNAのプロジェクトで南場智子さんに出会い、『うちに来ない?』と誘われました」
「このままコンサルタントとして無難な人生を歩んでいきそうな自分にモヤモヤしていた頃、1人で担当することになったDeNAのプロジェクトで南場智子さんに出会い、『うちに来ない?』と誘われました」