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実録 離婚までの4つの峠

「3人目が男の子ならいらない」の言葉で離別を決意

Terraceで話題!

夫婦の3組に1組が離婚するといわれる時代。結婚に理由があるのと同様、離婚にもまた理由があります。離婚までの4つの「峠」を経験者に打ち明けてもらいます。両親の反対を押し切って兼業農家に嫁いだ嘉子さん。田舎の大家族の中で長男の嫁としての重圧と疎外感に悩みます。問題を避け味方してくれない夫に失望し、子どもたちと共に別居を決意した嘉子さんは……。

嘉子さん (仮名 48歳 パート)
24歳で結婚、45歳で離婚 3人の息子はそれぞれ寮生活をしており、現在は一人暮らし

 元夫とは私が学生だった頃に、アルバイト先で知り合いました、その後、夫は地元で地方公務員となり、5年ほどお付き合いして結婚しました。

 彼は結婚に積極的ではなかったのですが、私には先に結婚し家庭を持つ姉が2人おり、結婚に憧れがあったのだと思います。当初私の両親は、兼業農家の跡取り息子との結婚や田舎での暮らしは、私に務まるわけがないと猛反対でした。

 結婚前に私も彼の実家に行くようになり、田舎の雰囲気や兼業農家の暮らしを体験したり、彼の両親や親戚の方々に会ったりする機会が増え、受け入れてもらっていると感じていました。私は農作業を手伝いながら、ここでの結婚生活や大家族での生活に明るい希望を持っていました。

 実は結婚式の4カ月前に、私の父ががんで他界したのです。「どうしても我慢できないことがあれば帰ってくればいいから」と、死の床に横たわり言った父の言葉が、その後もずっと私の心の底にありました。

峠1:違和感を抱き始めたとき

大家族の中での疎外感

長男の嫁はよそ者。「他人さん」と呼ばれた

 違和感を持ち始めたのは、結婚後に夫の実家で過ごす時間が増えた頃からです。

 田舎だからなのかは分かりませんが、義父母は早く子どもをつくって同居してほしいとたびたび言っていました。夫は長男の役割として農作業を手伝うため週末には実家で過ごし、私も農作業を手伝い大家族の食事を作る生活。もちろんお盆や年末年始もそうしていました。

 義父母と、夫の祖母、夫の姉家族、義父の姉妹家族などが集まる機会が多いのですが、私は長男のところに嫁いできた人、血がつながっていないという意味で「他人さん」と呼ばれ、お手伝いさんのような扱いを受け、孤独感を抱いていました。父が病床で残した言葉だけが心の支えでした。

親戚が集う場でもよそ者扱いで、いつも疎外感を抱いていました(写真はイメージ)
親戚が集う場でもよそ者扱いで、いつも疎外感を抱いていました(写真はイメージ)

 結婚前は、優しいところが夫の良さだと思っていました。しかし結婚後に気が小さい人なんだと気づきました。両親の言うことはよく聞く人でした。祖母から跡取りとして育てられ、祖母の言うことは一番よく聞いていたと思います。

 自分がこうしたいという意思はあまりなく、人ともめたくなくて、話し合いの場には不在のことが多かったです。問題を後回しにしたり、避けたりするタイプ。ただ、私に対しては口調が荒くなることも増えて、私を家族の中で「弱い者」と思っていたのだと思います。

連載「実録 離婚までの4つの峠」では、みなさんの体験談を募集しています。男女問いません。実名は伏せて掲載いたします。

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