日本で働き、オーストラリアで家族と過ごす「往復生活」をしている小島慶子さん。子育ても終盤にさしかかり、「これまでとは違う一歩」を踏み出しつつある小島さんが、新たな気づきや挑戦を語っていきます。今回のARIAな一歩は、「海外移住」。

「正気ではなかった」9年前の極めて冷静な決断

 気づいたら、丸9年もたっていた。オーストラリアに移住して、10年目。まだまだ先だと思っていたのに急に大台に乗った気がするのは、やはり2020年2月から22年4月まで2年2カ月もの間、コロナ禍で家族と日豪離ればなれだったせいだろう。みんな感じていると思うが、何しろこの3年間は時間の流れがおかしい。

 日本を出た時には小学校5年生と2年生だった息子たちは、大学3年生と高校3年生になった。そして今気づいたが、渡豪した時の夫は、今の私よりも年下だったのだ。あの乾いた甘い風が吹くパースの空港に降り立った夜、私は41歳、彼は48歳だった。2人とも、若かったな。

 今考えても、どうかしていた。夫が仕事を離れて世帯収入が激減したタイミングで海外移住なんて、正気の沙汰ではない。でも私たちは極めて冷静に、確信を持って踏み切ったのだ。正気でないとは、そういうことだ。

 1年で戻ってくるかもしれないし、ずっと暮らすことになるかもしれない。それは行ってみなければ分からないと思った。何もかもを見通してからでないと動かないのなら、一生今いる場所から動けないだろう。そうやってじっとしていたって、予想外の出来事からは逃れられないのだ。だったら行ける時に行こう。それがあの時の決断だった。

 最近は移住の記事をよく目にする。国内での移住や2拠点生活に加え、教育目的での海外移住の事例も珍しくない。外務省の統計によると、海外で暮らしている日本人の数は22年10月1日時点で約130万人余り、そのうち永住者は約55万7000人で前年より約2万人増。10年前と比べると約14万人も増えたという。おそらく今後もその傾向は続くのではないだろうか。

 もちろん永住権を目的にする人ばかりではないし、移住と言っても最終的には日本に戻る前提で一定期間海外に住むという人のほうが多いだろう。事情も目的も家族ごとに異なるので、ひとくくりにはできない。

 でもおかげで最近は、移住について話しやすくなった。

オーストラリアに戻るといつも、近所のビーチでインド洋に足を浸します。水平線のかなたには何があるのだろう? と海にこぎ出した遠い昔の人たちのことを思い、打ち寄せる波に今この瞬間の大切さを思い、元気をチャージします
オーストラリアに戻るといつも、近所のビーチでインド洋に足を浸します。水平線のかなたには何があるのだろう? と海にこぎ出した遠い昔の人たちのことを思い、打ち寄せる波に今この瞬間の大切さを思い、元気をチャージします