「また平和教育ですか」……。太平洋戦争や原爆をテーマにした作品を生徒たちにぶつけると、こんな反応が返ってくることがあります。もう食傷気味だよ、ということなのか、今の中高生にはなかなかストレートには響きません。
ところが、そんなちょっと斜に構えた子たちの心をもつかんで、ぐいぐいと引き込んでしまう作品がある。それが、こうの史代さんの漫画『夕凪の街 桜の国』(コアミックス)。私はこの作品を授業で取り上げています。
3編からなる短編集で、第1部「夕凪の街」は終戦から10年後の広島を舞台に、被爆者である平野皆実さんという女性のその後の人生を、第2部「桜の国(一)」と第3部「桜の国(二)」では被爆二世である皆実さんの姪を主人公に、時は流れても原爆が影を落とす日常が描かれます。
この作品が素晴らしいのは、丁寧に描き込まれた緻密な作画のあちこちに、計算された伏線が仕掛けられ、それらががっちりと物語の世界を支えていること。
授業では「夕凪の街」を読みながら、謎解きのごとく仕掛けを見つけ出し、それをつないでいきます。するとその過程で、作品の解釈がどんどん深まっていく。みんなで読み、想像力を巡らし、深く考え、伝え合う、とても豊かな時間になります。
例えば、物語の冒頭。半袖ワンピースを縫い上げた皆実の友達が、「皆実さんも半袖ワンピースを作ったらいいんじゃない? きっと似合うよ」みたいなことを言うんですね、すると皆実は周囲を驚かせるほど激しく拒絶します。
一回り大きな活字で描かれた皆実のセリフ「ええ言うたら、ええんよ」。
皆実さんは、どうしてこんなに強く拒絶したのかな?
そう問いかけると、「貧しいから」とか「皆実さんは原爆で生き残ったことに対して罪の意識があるので、自分が幸せになっちゃいけないと思っているから」などいろいろな理由が出てきます。うん、それも理由かもしれない。
そんなやり取りをしていくと、40人中3人か4人が、「腕に傷があるから」と気づく。原爆で逃げ惑う中で左手にやけどを負ったこと、その傷が今も残っていていつも隠していることが、他のページできちんと描かれているんです。
この解釈が出てくると、ああ確かにそう表現されているね、と教室が納得感に包まれる。表現の一つ一つに理由があって、それを他の部分と連関させていくのですが、これは文学作品の読みと通じる部分がありますよね。こんな読み方を数え切れないほど体験させてくれるのがこの作品なのです。