十数年前はポーラも男性社会だった

「私が若手の頃は、ポーラも男性社会でした」(ポーラ社長・及川さん)
「私が若手の頃は、ポーラも男性社会でした」(ポーラ社長・及川さん)

―― ポーラは化粧品会社ですから、会社は女性が中心となって回っているというイメージがありますが、実態はどうだったのでしょう。

及川 私が若手の頃は、当社もやはり男性社会でした。販売の前線にいるのはほぼ女性でしたが、その女性をマネジメントしたり、企業戦略をつくったりするのは男性。意思決定の現場に女性がなかなか入れないというのが、20年以上前までの状況だったと思います。

 ただ、化粧品会社である当社は顧客の90%以上が女性ですから、お客様に何が必要かということに関しては女性による意思決定を入れなくてはいけません。そのため、もともと課長クラスの女性管理職はいたのですが、部門長クラスへの女性登用が始まったのが20年ぐらい前のこと。女性の部門長が一般的になり始めたのが10年ぐらい前からです。

 私は確かに社長としては女性初ですが、私以前に役員になった女性が3人おり、彼女たちが後進へのきっかけをつくってくれました。「こういうチャネルに進出しないといけない」「こういう商品を世の中に新しく出さねばならない」「販売戦略をこう変えなければならない」「店舗戦略を変革しなければならない」……と、当社の中では、何かしらのビジネスイノベーションのきっかけをつくるところに、必ず女性の声があったということです。そこを、私の前の経営者たちがしっかり引き上げていたということだと思います。

 ただ、女性が得意なこと、男性が得意なこと、女性が気付いていること、男性が気付いていることは、それぞれありますので、やはりどちらかの性別に偏っていてはいけないなというのは、女性向け消費財を扱っているわれわれも思います。いろいろな目、いろいろな立場は必要だと思っています。

―― 先ほど控室で及川さんと、賀詞交換会のような経営者が集まる場に行くと、周りはねずみ色や紺色の背広ばかりだと伺いました。

及川 2020年の年初に初めて社長が集まる賀詞交換会に参加しました。もっと女性がいるのかなと思って参加したのですが、あまりにも会場が黒一色でびっくりしました。賀詞交換会に来るような意思決定を担う人の中で、女性はまだこんなに少ないんだということを改めて感じました。せめて3分の1、できれば半分ぐらいいると景色が変わるのにと、ジェンダーギャップ121位という現実を強く実感しました。

* 後半に続きます。

構成/小田舞子(日経xwoman編集部) 写真/鈴木愛子