2022年5月13日に開催されたイベント「ジェンダーギャップ会議」では、早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏が「世界の経営学から見るジェンダー・ダイバーシティ推進の視座」と題した基調講演を行いました。そのリポートをお届けします。
日本企業のジェンダー・ダイバーシティがなぜ進まないのか。それは、「何のためにやるのか」という視点が欠けていることです。ダイバーシティという言葉が先行し、なぜ必要なのかという腹落ちがないまま、導入している企業が多い。ですが、それでは全く進みません。「なぜダイバーシティが大事なのか」ということを考えていただくことが重要です。
経営学的な視点から言うと、ジェンダー・ダイバーシティは、イノベーションに不可欠です。よく「アフターコロナ時代の企業や経営はどうなりますか?」という質問をいただきますが、本質は全く変わりません。コロナ前から不確実性が高まっており、さらにデジタル技術の発展で企業の破壊が起きている。先が見えないこの時代、現状維持はありえません。とにかくいろんなことをやって新しい価値を生み出していく必要があり、そのためにイノベーションが求められています。
ただ、これまで過去30年、変化できませんでした。その要因は「経路依存性」です。そもそも会社は、色々な要素がかみ合って成り立っています。逆に言えば、うまくかみ合っているからこそ、時代に合わないからといって、どこか1つだけ変えようとしても変えられない。その最たる例がダイバーシティです。
ダイバーシティだけを進めようとしても無理なのは、会社の他の仕組みが、ダイバーシティとは正反対の「同質人材」でかみ合っているから。本当にダイバーシティを進めたいなら、新卒一括採用や終身雇用、メンバーシップ型雇用を変える必要がありますし、さらに言えば、評価制度や働き方も多様でなくてはいけません。ただ、それが困難だったので、これまで変わらなかった。
しかし今、コロナを機に、働き方改革が徹底的に見直され、デジタル化が浸透。さらに多くの会社がメンバーシップ型雇用を見直しています。リモートワークの定着で、評価制度も「時間ベース」から「成果ベース」に変わっていくはずです。つまり今は、会社全体を変えることができるビッグチャンスと言えます。これからの時代、イノベーションという大きな目的のために、企業全体のあり方を見直さなければいけない。ダイバーシティはその一部であると考えていただきたいのです。
「知と知の組み合わせ」でイノベーションは生まれる
イノベーションはどうしたら生まれるのか。それは「知と知の組み合わせ」です。人間は、ゼロから何かを生み出せるわけではなく、世の中にある「何かと何か」を組み合わせることで新しいものが生まれていく。
これは「イノベーションの父」と呼ばれた経済学者のシュンペーターが80年以上も前から「新結合」という言葉で表した、最も根本的な原理です。ところが、人の認知には限界があり、目の前のものだけを組み合わせてしまうため、イノベーションが生まれない。脱却するには、なるべく自分から離れた遠くの「知」を幅広く見て、自分の「知」と組み合わせることが何より重要。この「知の探索」によって、イノベーションが生まれます。
例えば、トヨタの生産システムは、伝説のエンジニアと呼ばれた大野耐一さんが、米国のスーパーマーケットのフォーマットを見て、それを日本の自動車生産と組み合わせて生まれたシステムです。さらに、カルチュア・コンビニエンス・クラブの「TSUTAYA」のCDレンタルのアイデアは、創業者の増田宗昭さんが消費者金融のビジネスにヒントを得たもの。
このように、なるべく遠くの知を幅広く見て組み合わせる「探索」、そして、ここはもうかりそうだと思ったら徹底して深掘りし、磨き込む「深化」。この「探索」と「深化」を高いレベルでバランスよく行うことができる経営者やビジネスパーソンがイノベーションを起こせる確率が高い。この「両利きの経営」こそがイノベーション推進のポイントです。
