エビデンスに基づいた知識の共有を
出口 なぜ反対するのか。それはひとえに「勉強不足」だからではないでしょうか。日本の経営層は、長時間労働によって勉強をする時間がないのが問題です。まず、欧州の多くの国でクオータ制が導入されて、成功している事実を知らない。そして何よりも、実際は役員の引退やポストの空きなど偶然の要素が大きいのにもかかわらず、自分は実力で経営層に抜擢されたと勘違いしている。
―― 確かに。勉強しているとしても、昭和時代に大活躍した男性経営者の本がバイブル、という所から進化していませんね。
出口 例えば夫婦別姓もそうですね。日本でも明治維新までは夫婦同姓という概念がなかったことや、OECD(経済協力開発機構)諸国の中で夫婦同姓を法律で強制している国は日本のほかに1つもないということを知らない。
あるいは、男女どちらかの姓を選べると言いながら実際は95%以上が男性の姓を選んでおり、女性に犠牲を強いている現状は人権問題に値すると、国連から3回も勧告を受けているファクトを知らない。だから夫婦別姓に反対するわけです。
―― 無知による判断ミスだ、と。
出口 そこまでキツくはいえません(笑)。なぜなら彼らだけが悪いわけではないからです。悪いのは日本社会の構造。いまの日本の社会構造が、彼らを不勉強にさせているのです。先ほども指摘した通り、日本の年間総労働時間が約2000時間なのに対し、ドイツやフランスなどの欧州の主要国は1400時間前後。年間200日働くと考えると、欧州に比べて日本は1日当たり3時間も長く働いています。
しかも日本では、働いた後に上司が「飲みに行こう」と誘う。多くの日本人は上司に従うのが正しいスタンスだと教わっているから、断るわけにはいかない。長時間労働と長時間の飲みニケーションによって、勉強する時間が失われているのです。
いわば、日本の男性たちは「構造的な低学歴」に陥っているのです。彼らも犠牲者です。僕が最初に話した通り、世界の産業構造はサービス産業が1位になっていて、そのユーザーの7割は女性だということさえ知らない。勉強しなければ、今までの社会の常識をおうむ返しにするだけで、偏見から抜け出せません。
経営者たちに必要なのは知識です。世界で何が起こっているのか、なぜ今日本がジェンダー・ギャップ指数121位という順位にまで落ちることになったのか。エビデンスやファクトに基づいて、知識を広く共有していくことが、根拠なき精神論を撲滅する一番の方法です。
―― 初回からズバリ、グサリと多くの指摘をありがとうございます。次回は「同質性とイノベーション」について伺います。
立命館アジア太平洋大学(APU)学長

構成/久保田智美(日経xwoman編集部)
※1 労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2018」より
※2 日本経済団体連合会「2019 年労働時間等実態調査 集計結果」より
※3 日本貿易振興機構(JETRO)「基礎的経済指標-EU」より