―― 原始時代にまで遡り、「古来、男性は狩りを、女性は採集と子育てをしていた。だから脳や遺伝子が~~である」といった説を聞くこともあります。

四本 それも確かとは言い切れません。昨年、米国の考古学の研究チームにより、9000年前の米大陸では大型動物ハンターの30~50%が女性だったという可能性が示されました(*2)。「男性は狩り、女性は採集と育児」という役割分担は、研究者による後付けだった可能性もあるのです。

東京大学大学院総合文化研究科 准教授 四本裕子さん

四本 ほかにも、「男性よりも女性のほうが会話を好む」という言説が一般的には信じられていますが、科学的な根拠を伴っていません。2007年に米国の科学者チームが発表した研究結果によれば、成人が1日に使う単語数の平均は約1万6000語であり、男女で統計的な差は見られず、むしろ個人差が非常に大きかったといいます(*3)。

 また、「男女差がない」という研究結果は、「男女差がある」という結果に比べて発表されにくく、注目もされにくいというのが現状です。

―― では、男女の脳に「差はない」のでしょうか?

わずかな男女差を上回る、大きな「個人差」がある

四本 いいえ、「差がない」というわけではありません。平均値を見れば、男女の脳や能力・思考には差が見られます。しかし、脳は男女による差よりも、個人による差のほうがとても大きいのです。以下の図を見てください。

横軸に「ある能力のスコア」、縦軸に「そのスコアを獲得した人数」を取った分布図2枚を比較。人の脳や能力は平均値の差よりも個人差のほうが大きい
横軸に「ある能力のスコア」、縦軸に「そのスコアを獲得した人数」を取った分布図。平均値の差の表れ方に違いがある

 2枚の図は両方とも、横軸に「ある能力のスコア」、縦軸に「そのスコアを獲得した人数」を取った分布図です。赤か青のいずれかを男性、もう一方を女性としましょう。両方とも、男女の平均値に差があります。右の図は、平均値の差がより大きく表れていますね。これは例えば、「カブトムシの雄には角があり、雌には角がない」など、性別によって個体の形質が異なり、差をはっきり区別できるような場合です。「性的二形」と呼ばれます。

 一方、人の脳や能力に、このような「性的二形」は見られません。人の脳や能力は、左の図のように、平均値の違いがあってもわずかで、性差よりもはるかに大きな個人差が存在するのです。左の図の場合、平均値が低い群(青い線)に属しているAさんのスコアが、平均値が高い群(赤い線)に属しているBさんのスコアよりも低い、とは断定できません。男女の脳の平均値に違いがあったからといって、一概に「男性はこう」「女性はこう」という区別はできないのです。