MRIを用いても「男性脳」「女性脳」は見つからず

―― 2007年にはOECDが、脳科学に関して科学的根拠が曖昧な複数の理論を「神経神話」と名付け、注意喚起をしました。「男性脳・女性脳」も、この「神経神話」に含まれていますね。

四本 実際に、「男性脳」「女性脳」は存在しないとする研究結果も出ています。2015年にイスラエルのダフナ・ジョエル博士らが、MRIを用いて281人の脳のそれぞれ116カ所の部位サイズを測定しました。個々の部位に対して男性に多い特徴を「男性的」、女性に多い特徴を「女性的」と定義して分布を調べたところ、人の脳は男女の特徴が入り交じるモザイク状で、際だって「男性的」「女性的」な脳を持つ個人は少なかったのです。追加で1400人以上の脳のMRI画像を解析しても、同じ傾向が見られたといいます(*4)。

東京大学大学院総合文化研究科 准教授 四本裕子さん

―― MRIで測定しても、脳の特徴は単純に男女で区別できず、「男性は○○が得意」「女性は△△を好む」といった言説の根拠にはならなかった、ということでしょうか。

四本 はい。脳の特徴は性差よりも個人差が大きく、単純に「男性だからこう」「女性だからこう」とは言えないのです。

 例えば、男女の能力の違いを測るために、A・B・Cという3つのテストがあったとしましょう。それぞれの平均値を取ると、3つのテストに共通して男女差が出るかもしれません。でも、個人レベルで見ると、Aでいい点を取った男性は、Bではいい点が取れず、Cでは真ん中くらいだったかもしれない。人間の能力は多次元であり、1つのテストの結果を持って結論づけることはできないのです。

大人になってからでも脳は「変わる」

四本 男女の脳の違いを考える上で、もう一つ大切な視点があります。それは、「大人になってからも脳は変化する」ということです。運転や楽器の練習、学習などを続けると、脳の一部が変化することが、さまざまな研究で明らかになっています。そして脳は、社会や教育の影響も強く受けます

「脳の機能・構造」と「行動・思考」「社会・教育」は、互いに影響し合っている。特に赤い矢印の影響が見過ごされがちだと四本さんは言う
「脳の機能・構造」と「行動・思考」「社会・教育」は、互いに影響し合っている。特に赤い矢印の影響が見過ごされがちだと四本さんは言う

四本 「脳は変わる」という性質を無視して、「男女の脳は生まれつき異なるから、行動や思考も異なる」という考え方を「ニューロセクシズム」と呼びます。これにもとづいて社会がデザインされると、男女の分業意識が強化されてしまいます

―― 「男性は理系が得意、女性は文系が得意」といった説も、全員に当てはまるものではないし、社会や教育の影響を受けた結果という可能性もありますね。