2021年11月30日に名古屋で「日経SDGsフェス in どまんなか」が開催され、一般社団法人グラミン日本の取り組みを紹介する一連のセッションが開催された。第1部では、グラミン日本の百野公裕 理事長・CEOがグラミン日本の目指す姿と取り組みについて紹介。第2部では「女性活躍社会に向けた地方の可能性」というテーマで、第3部では「SDGsアクションにつなげる!~先進企業の事業共創~」というテーマでパネルディスカッションが行われた。

第1部 グラミン日本の目指す姿と取り組みとは何か?

 3部構成で開催された今回のセッション。第1部では、グラミン日本の百野公裕理事長・CEOが登壇した。ノーベル平和賞受賞で知られるムハマド・ユヌス氏率いるグラミン銀行。その日本版は、コロナ禍で困窮するシングルマザーのデジタルスキル教育などを行い支援する。グラミンは日本で何を目指しているのか。企業やソーシャルセクターと積極的に進める連携とはどんな取り組みなのか。まずは、百野氏の講演内容を紹介する。

一般社団法人グラミン日本 理事長・CEOの百野 公裕氏。<br>愛知県生まれ。米国公認会計士。外資系コンサルティングファームのPwC、プロティビティ(旧アーサーアンダーセン)で活躍。2017年8月よりグラミン日本準備機構の設立メンバーとなり、グラミン日本の設立準備にプロボノとして参画。2018年9月より現職。2021年から慶応義塾大学大学院非常勤講師を務める
一般社団法人グラミン日本 理事長・CEOの百野 公裕氏。
愛知県生まれ。米国公認会計士。外資系コンサルティングファームのPwC、プロティビティ(旧アーサーアンダーセン)で活躍。2017年8月よりグラミン日本準備機構の設立メンバーとなり、グラミン日本の設立準備にプロボノとして参画。2018年9月より現職。2021年から慶応義塾大学大学院非常勤講師を務める

マイクロファイナンスとソーシャルビジネスに取り組む

 1983年に創立されたグラミン銀行は、創立者であるムハマド・ユヌス氏と共に2006年のノーベル平和賞を受賞しました。受賞理由は、世界最貧国のひとつと言われたバングラデシュで、信用力のない女性に無担保で小規模融資(マイクロファイナンス)を行い、女性の自立を支援したことでした。

 グラミン銀行では、緊急案件の個人ローンのほかに、5人1組の互助グループを募り、そこにグループローンを行います。一歩を踏み出せずに孤立しているバングラデシュの女性たちに対し、融資するだけでなく、融資前に金融教育を行ったり、融資後のミーティングでお金が正しく使えたかなどをフォローしたり、お互いに励まし合ったりしながら支援を行いました。その結果、返済率はなんと99%を超え、貸し倒れ率は0.2%を切り、貧困撲滅にも寄与しました。

 途上国でのイメージが強いグラミン銀行ですが、今世界40カ国以上でマイクロファイナンスによる貧困脱却の支援を展開しています。アメリカではコロナ禍で移民の女性たちが銀行口座の開設や融資を受けられないことが多く、そんな女性たちに融資し、スモールビジネスのスタートを支援しています。

 アジアに目を向けてみますと、中国、オーストラリア、韓国にもグラミンモデルが展開されています。日本では2018年9月13日にグラミン日本が始動しました。財務省や金融庁と話し合いを進めながら、特別な免許を取らせていただきました。信用情報を照会しなくてもお金を貸し付けることができるというものです。グラミン日本は、信用力のない女性や過剰債務者でも優先的に貸し付けができるメリットがあります。

 我々はマイクロファイナンスのほかに、もう一つの看板としてソーシャルビジネスを掲げています。「利益の最大化ではなく、『社会課題の解決』こそが目的である」とし、ソーシャルビジネスはユヌス氏がノーベル平和賞を受賞した時に初めて世界に提唱しました。そして、今ではソーシャルビジネスは世界で浸透しつつあります。

 グラミン日本を創設する時、ユヌス氏からいくつかリクエストがありました。そのひとつが、経済的格差が広がっている今、「社会課題の解決」に企業の大きな力を振り向けてほしいというものでした。つまり、企業とのコラボレーションを推進するように、ということでした。

 海外のグラミンではソーシャルビジネスの共創について、いろんな企業との連携が進んでいます。例えばユニクロやダノンと連携し、貧困撲滅のために金融だけではできない生活サポートをソーシャルビジネスで推進しています。

 またアカデミアと連携し、社会課題解決のひとつのオプションとして、若者への浸透も進めてほしいということでしたので、2021年から慶應義塾大学大学院でソーシャルビジネスの共創という授業を始めています。

 東京オリンピックの開会式でグラミン日本の名誉会長であるユヌス氏が「オリンピックローレル」を受賞しました。次回大会のパリ市、国際オリンピック委員会(IOC)とも連携しながら、このソーシャルビジネスというものをスポーツの世界にも浸透させたいと考えています。

日本の貧困は「見えない貧困」、今後はより深刻化

 次に、グラミン日本は何を目的としているかについてお話したいと思います。我々としては、SDGs(持続可能な開発)の目標1「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」という一丁目一番地を、前へ進めることをモットーにしています。

 国連は「貧困状態にある全ての年齢の男性、女性、子どもの割合を2030年までに半減させる」ことを目標としていますが、コロナ禍の現状では非常に厳しく、我々としてはできることをいろんな企業と連携しながら進めています。グラミン日本のアドバイザリーボードには多くの企業・団体の方々にメンバーになっていただき、パートナーにも様々な企業・団体に参加していただいています。

 グラミン日本は貧困をどのように捉えているかをご説明します。数字から見ると、日本は先進国の中でもかなり厳しい状況にあると言われています。2009年までは日本に貧困はないと政府は言っていましたが、その後、相対的貧困ラインを引き、それ以下で生活している人たちを貧困層と呼ぶようになりました。2015年(平成27年)時点での貧困ラインは122万円(年間)とされ、それ以下で生活している人が2000万人いると言われています。

 その中でもメディアがよく取り上げるのは一人親、特にシングルマザーの問題です。世界との比較でも日本の一人親の貧困率は極めて高いと言えます。一人親のうち2人に1人が貧困ライン以下となっていて、子どもへの貧困連鎖が大きな問題になっています。

 グラミン日本は沖縄とも連携していますが、日本の子どもの貧困率が6人に1人に対し、沖縄では3人に1人と2倍の数字で大きな問題になっています。

 日本の貧困は「見えない貧困」と言われています。ユヌス氏から強く言われるのは、「困っている人たちのカルチャーに飛び込んで、きちっと声を聞き、グラミンのできることをしっかりとやるように」ということです。

 コロナショックによって日本の貧困はさらに深刻化が予想されます。航空業界や観光業だったり、百貨店だったり、いろんな企業・業種で働いている女性、特に有期雇用の方々が失職する状況にあります。

 グラミン日本を立ち上げた時、日本記者クラブで会見を行いました。記者から「日本には福祉策が十分にあるのになぜわざわざグラミンが日本で活動するのか」という問いをいただきました。しかし現状を見ると、「最後のセーフティーネット」と呼ばれる生活保護ですら、その捕捉率(貧困世帯数に占める受給世帯数の割合)は18%と低く、82%の方々が捕捉されていません。

 また、18歳以下の子どもへの10万円給付がこれから行われますが、前回の1人10万円給付の時は、住所がなかったり申請に行けなかったりして実際には受け取れなかった人がいました。

 つまり、公助(国・行政)による生活困窮者支援は限界にきていると言え、少しでも多く網をかけていくために、いろんな取り組みが必要になっているのです。