「主婦脳」から「世帯主脳」へ変え、自らチャンスをつかみにいく
羽生 岩下さん、シングルマザーの方をサポートする人の役割も重要になりますね。
岩下 サポートする人たちを育成するのは簡単ではありません。支援現場でよくあるのは上下関係ができてしまうということです。支援する側・される側という関係ですが、それができると、シングルマザーの方々がその場にいたたまれなくなり、萎縮してしまったり不安に思ったり、離脱してしまうこともあります。
そのため、サポートする人たちには、傾聴トレーニングの中で「自分が受け入れられない」という状況をこれでもかというくらい体験していただきます。そうすると「聞いてもらえないってこんなにつらいことなんですね」と実感するようになります。そこで初めて受け入れられる状況を体験すると、共感する喜びにあふれたサポートができるように変わっていきます。ただ、共感しすぎることの難しさもあります。本人の自立する力を妨げてしまうケースもあるからです。このため、サポートする方には、「今の支援のあり方がベストなのか常に考えてください」「支援するシングルマザーの方をどう見ているのか自覚してください」とお伝えしています。
羽生 なるほど、「共感の罠」のようなものがあるのですね。最後に、どうやってマイクロファイナンスを実践していくか、課題や見通しについて一言ずついただけますか。
髙橋 シングルマザーをはじめ多くの女性にマイクロファイナンスの情報を届けたいと思っています。困窮されても頑張っている方がいるということを自分事として考え、みんなでこの取り組みを広めていきたいと思っています。
岩下 グラミン日本のマイクロファイナンスはまだまだ試行錯誤中と思っています。しかし、小さな一歩を始める人たちが増え、大きな自信につながる事例が着実に増えています。その根っこにあるのは信頼関係をもとに丁寧に支援していくことです。支援したいという方いらっしゃいましたら、ぜひグラミン日本にコンタクトしていただきたいと思います。
宇佐美 グラミン日本は日本シングルマザー支援協会に二人三脚で伴走していただいています。その代表理事の江成道子さんが面白いことを言っています。「主婦脳」と「世帯主脳」があって、多くのシングルマザーは主婦脳だと。いろんな就業機会があっても、「これは私にはできない」と自分で天井を設けてしまうことがある。それを世帯主脳に替えて、もっとポジティブにチャレンジしていけば、収入が増えてより豊かな暮らしができるようになる。そういうチャンスをみすみす逃している、と言うんですね。
グラミン日本がやっていることは、江成さんの言葉を借りたら、主婦脳から世帯主脳へ変えるということです。その一つのきっかけになるのがリード・ザ・ジブンで、よりポジティブにいろんなチャンスがあることを見定め、それをつかみにいく。そのように多くのシングルマザーが変われば、経済的自立につながっていくと思います。
グラミン日本流のマイクロファイナンスは、自分自身あるいはその仲間の未来を切り開くためのファイナンスです。単にお金を貸しますというものとは違う次元のものです。1人でも多くの方にグラミン日本の扉をたたいていただけたらと思います。
羽生 ありがとうございます。知識も技術も、そして一番大事な愛情が満載の3人にお話を伺いました。これで第2部を締めさせていただきたいと思います。
第3部 企業の力を借りてソーシャルファイナンスを持続可能に
第3部では「新たな未来を共創するサステナブルファイナンス」というテーマでパネルディスカッションが行われた。欧米ほど寄付文化が根付いていないと言われる日本だが、東日本大震災やコロナ禍をきっかけに寄付する人が増えているのも事実。そうした個人と企業による寄付と、支援の母体となるソーシャルセクターの間をどうつなぎ、持続可能なファイナンスを実現するか。4人のパネラーから日経xwoman客員研究員の羽生祥子が話を聞いた。
デービッド・シェーファー 氏 グラミン日本 理事/SMBC日興証券 経営企画役員補佐 兼 グローバル企画役員補佐
小林 立明 氏 多摩大学社会的投資研究所 主任研究員
新田 信行 氏 開智国際大学客員教授、ちいきん会代表理事、eumo最幸顧問
コーディネーター:羽生 祥子 日経xwoman 客員研究員、羽生プロ代表取締役社長
雇用を生み出す企業の存在が欠かせない
羽生 第3部のテーマは「新たな未来を共創するサステナブルファイナンス」です。最初に皆さんの自己紹介と取り組みを聞いていきたいと思います。

中川理恵さん(以下、中川) グラミン日本の理事をしています。グラミン日本には2020年10月に個人プロボノとして参画しました。能力とは関係なく機会に恵まれなかったお母さんたちが自ら稼ぐ力をつけることができる環境づくりを目指して日々活動しています。
羽生 「でじたる女子活躍推進コンソーシアム」の活動を率先してやられているそうですね。
中川 今、日本ではDX(デジタルトランスフォーメーション)人材が圧倒的に不足していると言われ、企業はいかにデジタル人材を確保していくかが成長に不可欠となっています。でじたる女子活躍推進コンソーシアムでは、女性のデジタル人材を育成するために、デジタルスキルの教育から無担保でのマイクロファイナンス、企業による雇用まで、一気通貫での伴走支援を行っています。
自治体との連携も進めています。22年6月に愛媛県と「でじたる女子プロジェクト実証実験」を開始しました。愛媛県では、500人のデジタル人材の育成と10億円の新規所得創出を目指しています。
この一連の取り組みの中で欠かせないのが企業の存在です。特に上場企業は、寄付による支援だけではなく、雇用を生み出す役割が大切になります。私たちはその具現化策として現在、コンソーシアムで様々な企業と新しい働き方のトライアルを進めています。
従来の雇用形態では、デジタル教育を受けた方でも企業が求める即戦力レベルにすぐに到達するのは難しい。しかも、子育てしながら限定的な時間の中で働きたいと思うシングルマザーのニーズと企業の雇用の間にギャップがあります。
そこで中間就労とワークシェアリング型のOJTという新しい働き方が有力になります。即戦力になるまでに必要な実務経験と期間の提供(中間就労)、在宅で自由な時間に仕事ができるなどの新たな雇用条件(例えば成果報酬型やフレックスタイム制)、チームで品質担保ができるワークシェアリングの環境整備といったことを進めています。
寄付する人と支援するNPOを仲介する「フィランソロピー・アドバイザリー」を推進
羽生 ありがとうございます。続いてシェーファーさん、お願いします。

デービッド・シェーファーさん(以下、シェーファー) グラミン日本の理事、それから本業ではSMBC日興証券で海外事業およびサステナビリティ推進を担当しております。グラミン日本に参画したのは、前職の時にグラミン創設者のムハマド・ユヌスさんに出会ったこと、そしてその数年後にグラミン日本の百野公裕理事長に出会ったことがきっかけです。金融とソーシャル事業の接点に興味があり参画しました。現在、コンプライアンス担当の理事をしています。
本業では海外事業に加えまして、サステナビリティ推進を担当しています。具体的には、例えば社員が業務時間の一部をNPO団体の支援に費やせるプロボノワークという制度を立ち上げ、この2年半でSMBC日興証券の社員150人以上が9つの団体を支援しています。
現在、富裕層の社会貢献ニーズに応えつつ、ソーシャルセクターに民間資金を回す仕組みとして「フィランソロピー・アドバイザリー」という新規事業の立ち上げを推進しています。
日本は、先進国では類のない借金「大国」と言われており、一般歳出のうち3割が社会保障関連費に回っていまして、この30年間で3倍に膨れ上がっています。今後さらに高齢化が進み、あと10年15年は社会保障関連費が増え続けると言われています。一方で個人金融資産は1600兆円という大きな額で、国民1人当たりで見ると世界10位前後に位置する豊かな国です。
問題はこの豊かさを多くの人が感じ取れていないことです。具体的にこんな問題が起きています。生活保護を受ける必要がある人のうち2割しか実際に生活保護を受けてないという問題です。
こういう中で誰がサポートしてくれるのかというとNPOですが、日本にNPOが5万ほどあり、その半分超が年間予算1000万円以下という小規模な組織です。一方で、日本の寄付文化は欧米に比べてまだ発展途上なため、小規模なNPOは人材面でも資金調達面でも苦しい状況にあります。グラミン日本も例外ではありません。
公助の限界があり、民間資金を導入しないとやっていけない。そこで、フィランソロピー(社会貢献活動)が重要になるなるわけです。
羽生 フィランソロピーの可能性について簡単に解説していただけますか。
シェーファー 近年、寄付や社会貢献をしたいという方が少しずつ増えています。2011年の東日本大震災の時や、コロナ禍でのイベント関連で寄付が行われました。クレジットカードやクラウドファンディングなど寄付手段も増えています。この2年間、様々な方々と会話を重ねてきましたが、多くの方が貧困や障害者福祉、特別なサポートを必要とする子どもたちの支援に寄付をしたいと申し出ています。
その一方で多くの方が、どういうふうに寄付をしたらいいのか、どういう団体が持続的な変化を起こしてくれるのか分からないという問題に直面しています。そこで、寄付をするお客様と実際に支援するNPOを仲介する「フィランソロピー・アドバイザリー」という業務に、金融機関として取り組んでいます。