人の顔が見える規模じゃないとつまらない
マリエ 周子さん、母親になってから仕事へのスタンスって変わりましたか?
周子 仕事へのスタンスも、価値観も、いろいろと変わりましたね。スタッフの人生や日々の生活を尊重するようになりました。みんなそれぞれの人生があるから、例えば子どもが欲しい女性スタッフがいたら健康により気遣ったシフトを組むとか、お金に困っているスタッフがいたら会社でお金を貸してあげるとか。
マリエ すごいなあ、それ。
周子 イギリスって多国籍なので、出稼ぎに来ている人もいるんですよ。アフリカや中央アジアや南米からも。彼らが人間らしい生活ができるようにサポートすることも、雇う側の責任だよなって思っています。
マリエ お店の事情より、個人の事情を優先するようになったんですね。素敵です。
周子 それから、あまり怒らなくなりました。
マリエ え、周子さん怒るんですか?
周子 飲食店のキッチンって、時間との勝負だったりするから、言葉遣いや振る舞いが荒くなりがちなんですよね。でも最近は、女性的なリーダーシップを心掛けていて。子どもを怒るときみたいにして、スタッフを怒っちゃいけないんですよね。子どもが生まれてからは、スタッフを褒めることを意識するようになりました。
マリエ 周子さんって、どんなモチベーションでお店を育ててるんですか? お金もうけではないじゃないですか。
周子 みんなに会えるのが嬉しいんです。スタッフも、お客さんも。たぶん人が好きなんでしょうね。自分が作ったうどんを食べて喜んでくれる顔を見たり、それによって誰かの生活が支えられていたり、そういう営みに関われていることに喜びを感じます。
マリエ 規模を大きくするよりも、これからも顔が見える範囲で?
周子 うん、じゃないとつまんないかな。育児もあるので、スタッフと一緒にキッチンに立ってバリバリ働く時間は少なくなるかもしれない。でも、いつまでも「人の生活に関わる」ってことをコツコツ続けていきたいなと思います。
東京の大学とロンドンの大学院を卒業した周子さんは、教育の違いに直面します。「このソフトを使って何かを作ってね」と手段を指定する東京と、「これを作ってね、何を使ってもいいから」と手段を選ばせるロンドン。フィットする場所を選ぶのに、自分はフレームがあったほうが力を発揮できる人なのか、それとも自由に選んだほうが力を発揮できる人なのか、考えてみるといいかもしれません。
・自分の苦手なことは、得意な人がやればいい
「苦手をつぶす/得意を伸ばす」の議論になると思い出すのが、センター試験。私は国立大学の受験組だったので、苦手な数学を最後まで頑張ったのですが、私立受験組の子たちが得意な3科目に時間を割き、どんどん点数を上げていくのがうらやましかったことを覚えています。時間は有限で平等。誰にとっても1日は24時間しかありません。人生は受験勉強ではないので、1秒1秒をどう過ごすかをもっと意識していきたいです。
・どこでも授乳できる英国と、授乳室の整備された日本
親になる友人が増えてきたので、未知だった子育ての世界がわずかながら見えてきました。国によって育児文化はまったく異なるし、他国に憧れたからといって簡単に移住できるわけではありません。周子さんと話していて、イギリスに授乳室がないことに驚きました。海外のオープンさを羨ましく思うことはあるけど、日本にも他にはない良さがちゃんとあるんですよね。
・ウエルビーイングな「顔が見える経営」
インタビューを通して、周子さんにとって「営み」はとても大切な要素なのだと知りました。社会にどんな影響を与えたかとか、どれくらい稼いだかとかって、際限がないもの。年収1000万円になっても次は1200万円を目指したくなるものだから。日々の先にある「結果」ではなく、日々そのものを愛す周子さんの生き方を見て、幸せって本当はすごく近くにあるものなんだと気付かされました。
文/ニシブマリエ 写真/稲垣純也