「私は、一度きりの人生で、やりたいことがたくさんあります。よりよい社会のために尽力もしたいし、笑いあえるような家族も作りたいです。仕事もきちんとやりたいし、趣味も充実させたい。さまざまな価値観に触れることで自分の幅を広げたい気持ちもありますし、御社の一員としてよりたくさんの利益を生み出したい野望もあります。全部です。その全部が、私の成し遂げたいことです」
用意してきた答えではない証拠にときおりつっかえながら、彼女はそう言い切った。意志の強そうな瞳が、しっかりとした眉毛を押し上げる。
と、私はその学生に見覚えがあることに気づいた。エントリーシートを確認する。間違いない。半年前、インターン面接で彼女に会っている。
こんなに印象の強い子ではなかった。むしろ「何をやりたいのかが見えてこない」とその場で叱って、不通過にしたぐらいだ。
その日の午後、オフィスの近くのスターバックスで、作業着の女性とフラペチーノをつつく姿をたまたま見たので、覚えているのだ。
そのときの彼女とはまるで別人だ。この半年間で、何があったのだろう。
他の面接官が、彼女の演説に興味を示した。
「なるほど。あなたがそう思うようなきっかけはなにかあったんですか?」
「はい、もともと私は就職活動が苦手でした。企業に気に入られるようなことを面接で言い続ける競技だと、錯覚していたんです。ですが、ある人との出会いをきっかけに、自分がやりたいことを見つめ直しました。そうやって真剣に自分の人生について考え始めると、いろいろ欲が出てきてしまって……。あれもやりたい、これもやりたい。決められないというか」
彼女はそこで砕けた口調を元に戻した。
「正直私は、まだ社会人になるということ、オトナとして生きていくことの実感が湧いていません。ですが、現時点の私はひとつに決めつけるのではなく、なるべくたくさんのことを成し遂げたいと思っています。それをかなえられる場所として、御社を志望します」
最後に、彼女はまっすぐに私を見て、こう言った。瞳には涙が溜まっている。彼女も精いっぱいなのだ。
「これって、欲張りでしょうか。わがままでしょうか?」
背中をばしんと叩かれたような思いだった。
彼女のような、何も持たない若い子ですら、必死ですべてを手に入れようとがんばっている。それを何だ? 何を私は分別がある風に「決断とは~」とか言ってるんだ?
がんばれ私。
早々にあきらめてどうする。そんな人生、楽しい?
「そうですね。たしかに欲張りかもしれません。わがままかもしれません。でも」
私は、つとめて冷静に言葉を選ぶ。
「個人的には、私自身もそうありたいと思います。欲張りでも、わがままでもいい、そう思います」
彼女の目をきちんと見返して、私は続けた。
「あなたがその思いを遂げられることを祈っています。立派な回答でした。おつかれさまでした」
そこで面接は終了となり、彼女は他の学生に交じって退出していった。
次の学生グループが入ってくるまでの短い時間、私は席を立って窓から外を眺めた。街並みは冬の日差しに輝いている。
AかBかじゃない。
Aも、Bも、なんならCだってDだって手に入れたい。
その代わり、見栄とか、周りからうらやましがられることとか、そういうものは、全部捨てる。それこそが私の決断だ。
すっかりモヤモヤが晴れた私は、冷静に今後の出産までの段取りをシミュレーションし始めた。
まずは上長にもうすこしネゴろう。
夫にも正式に話して計画を立てよう。そうだ、実家にも根回しが必要だ。あと、保育園のことも調べないと……。
高くなりかけた陽は、ますますまぶしく、目を開けてられないぐらいだった。それでも私は目を閉じようとはしなかった。
瞳を大きく見開いて、この輝ける世界をぐっと見渡した。
〈完〉
文/茉野いおた イラスト/南夏希