「ゆきのこまち」誕生の瞬間
どうせ農業を始めるなら、自分だけしかできないものをやりたい。そう思った坂本さんは、「田植え以降無農薬」でコメをつくることを決意する。つくるのは秋田を代表するブランド米「あきたこまち」だ。
しかし、母からは「すごく大変だから」と反対された。黒沢集落唯一の専業農家である坂本家には、東京ドーム1個以上の面積の土地があるが、その50分の1ほどの田んぼで坂本さんがつくることが許された。
「母の言う通りでした。農薬を使わないので、とにかく草が生えるんです。草との闘いです。草取りが永遠のように続きました。泣きたくなりましたよ(笑)」
田植え以降無農薬の坂本さんのコメは、他のコメと区別するため、集落で最後に刈り取る。初年度の2017年、稲刈り機械の不具合や長雨などで刈り取りの時期が遅れに遅れた。通常は10月中には終了するが、11月に入ってもできず、ようやく決まった刈り取り日になんと初雪が降ってしまった。
「ボタボタと大粒の雪がドサッと降ってしまって……。慌てて田んぼに行くと驚くような風景になっていました」
通常、稲の上に雪が降ると、その重みで稲は倒伏してしまう。なのに、坂本さんの稲は倒れない。無農薬で育った稲はことのほか強いのだ。雪の重みを受け止めつつしなやかに耐えていた稲を見て、なんと幻想的で美しい風景なのだろうと思った。そのときに、坂本さんの頭の中に「ゆきのこまち」という名前が浮かんだ。オリジナルブランド米の誕生だった。
初年度、「ゆきのこまち」を8俵(1俵は60㎏)収穫したが、坂本さんが田植え準備の頃からSNSで広く発信していたこともあり、1カ月半で完売した。
県内だけでなく全国からオーダーが入ったのだ。コメ作りの様子を丹念に伝えたことが消費者の安心感を呼んだ。もちろん味の評判もよい。香りが格別で甘くキャラメルのよう、粒は小さいが、粒立ちがよくかみ応えもある、味もしっかりしている――購入した人からさまざまな感想が送られてきた。
坂本さんは、「子どもがおいしいと言ってくれたのがうれしかったですね。子どもは正直ですから」と目を細める。米作り3年目の昨年は、田んぼ3枚分つくったが、多くがリピーターとなり、なんと稲刈りを前に予定数量完売といううれしい結果になった。