この時代に農業ができるのは最強で最高

 お店と農業、どちらがもうかるか? そんなビジネス感覚で農業を選んだ坂本さんだが、今、「この時代に農業ができるのは最強で最高!」と熱く語る。「農業を何のために始めたか?この問いの答えは、最初はお金のためだったんですが、初年度に違うことに気づいたんです」

 用水路でサワガニを見つけた。イワナの稚魚やドジョウもいた。しかもそれが目に見えて増えてきた。坂本さんの子どもの頃からいた生物ではあったが、それは集落から減っていたものだった。

「子どもの頃に見ていた集落の風景が戻ってきたんです」
「子どもの頃に見ていた集落の風景が戻ってきたんです」

 「それが無農薬にしたらどんどん増えてきたんです。おお!これは!と思いましたね。そのときに、『無農薬というのはこの子たちのためにやるんだ』と分かったんです。集落の小さな生き物を守る、生態系を壊さない、環境に負荷をかけない。そのために無農薬の農業をするんだなと。だから夏場の草取りは、大変ですけど苦にならない。秋になると、私の田んぼにだけ、トンボがぐわっとたくさん飛んでくる。環境が元に戻るとこんなにも変わるんだと実感しています」

里山を守るたくさんの人たちとつながりたい

 坂本さんの田んぼを見に来る人も多くなった。「ゆきのこまち」を食べてファンになった人たちだ。草刈りも手伝うよと言ってくれる人も出てきた。坂本さんは、今、そういう人たちが過ごせる拠点を黒沢集落につくりたいと思っている。幸い、空き家なら集落にある。それらをリノベして泊まれるようにできないかと考えている。

 また、自分と同じように、荒廃しつつある里山を農業の力で守っている農業者とつながりたいとも思っている。坂本さんは、そういう人たちを「里山守子(もりこ)・守男(もりお)」と呼ぶ。今はコメの生産で手いっぱいだが、守子・守男とつながり、いずれ里山ブランドを立ち上げて、安心安全な農作物を販売するマルシェのようなこともやってみたいと夢は膨らむ。

 「農家になる前、私は競争意識がすごく強かったんです。人と比べて誰にも負けたくなかった。でも、今は人と比べるということをしなくなりました。比べなくてもいいということが分かったんです。また、専業農家だからもっと売り上げを立てなければいけないと言われることもありますが、そういう目標も自分にはもういいかなと思います」

「今は、ここで環境に負荷をかけない農業をやって採れる分だけで工夫すればいいと思ってます」(坂本さんの自宅前で撮影)
「今は、ここで環境に負荷をかけない農業をやって採れる分だけで工夫すればいいと思ってます」(坂本さんの自宅前で撮影)

 今、自分がここで農業をできるのは、これまで集落を営々と守ってきた人たちがいたからこそ。そういう人たちにとても感謝していると坂本さん。「この豊かな環境に身を置くことのぜいたくさは何物にも代えがたい。この小さな地を農業で守りながら、子どもたちや未来の人たちにいずれ託したいと思っています」

取材・文/麓幸子 写真/長谷川拓郎