ずっと活躍し続ける人が30でやめたこと&始めたこと
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2010年に36歳の若さでセレクトショップ大手、ユナイテッドアローズの執行役員に就任した山崎万里子さん。大学時代にアルバイトした同社に新卒で入社し、そのまま1つの会社でキャリアを究めてきた山崎さんに、20代~30代を振り返りながら、自らの意志で選び取ってきたことややめたこと、今も続けていることなどを聞いた。

後輩に抜かれる焦りと向き合い、強みを探った
「このままでは、後輩に追い抜かれる」――36歳からユナイテッドアローズで執行役員を務めている山崎万里子さんだが、20代後半でそんな焦りにさいなまれていた。大学時代にアルバイトを始め、そのまま就職。叩き上げで現場から管理部門に移り、人気部署だった広告宣伝部の「(自称)エースで四番」を自負していたにもかかわらず、だ。
「PRやファッションセンス、スピーチ力に自信があるとは言えない状況でした。5年後、10年後に後輩に勝てるとは思えなかった」。では、「何で勝負すればいいか」と考え、思い至ったのは「スケジュール管理、バジェット(予算)管理、計画書や報告書の作成」など、特に目立つ場面がない、「縁の下の力持ち的な仕事」だった。地味だが、プロジェクトを円滑に進めるために絶対に必要な能力でもある。「どんどん入ってくる後輩たちと競い合うか、後輩たちがあまりやりたがらないことをやるか、と考えたとき、やりがたらないことをやろうとあっさり思ったんです」。そこからの行動は素早かった。「表に立つフロントマンではなく、マネジメント(管理職)側で働こう」と決め、同じ部内でプレーヤーからマネジメントに立ち位置を移していった。
ところが、そこで山崎さんはさらに大きな壁に突き当たった。行く手を阻んだのは、数字や会計に関する知識不足だ。
「会社のマネジメント層が参加する会議ではお金を共通言語として話す場面が多く、お金に関する言語を巧みに操る人が議論をリードして着地に持っていく。私は内容をまったく理解できず、気後れして発言すらできず、『今日も座っているだけだった』という日が続きました」
「経営会議についていけない」という山崎さんに友人がアドバイスをしてくれた。そこから必死に勉強し、36歳の若さで同社初の女性執行役員にまでのぼりつめた山崎さん。30代で始めたこととやめたことを次ページから詳しくお伝えします。