仕事でも私生活でも「失敗」という言葉は使わない
――失敗が怖くて決断できないという女性も多いようです。
諏訪 これは私の信念なのですが、人生に「失敗」はないと思っているんです。失敗のように見えたとしても、それは成長の過程でしかない。「失敗」という言葉を使うと、自分自身も委縮してしまうし、気持ちもマイナスになってしまうので、会社の中でも私生活でも、失敗と言わないようにしています。
ダイヤ精機はものづくりの会社です。不良品を作ると材料費が無駄になり、ロス率が上がるわけですが、当社ではそれを「失敗」とは呼びません。良くないものを作ったというだけのことで、何かを失ったわけでも、負けたわけでもない。次の機会にいいものを作れば、不良品を作ったことは失敗ではなく、成功の糧になると考えています。
私自身の決断も、人から見たら、「あれはやめておいたほうがよかったんじゃない?」ということもあるかもしれません。でも、成功と失敗の判断基準なんて、絶対的なものはなくて、失敗かどうかを決めるのは、結局自分だと思うんです。
例えば転職して新しい会社に行ったら、以前より働きづらい状況になってしまったとします。でもひょっとしたら、その会社で学んだことを生かして、次は希望通りの転職ができるかもしれないですよね。軌道修正を繰り返しながら生きていけばいいんです。
折れそうな心を救ったシェイクスピアの言葉
――これまで経営者として仕事をする中で、諏訪さんが一番つらかったのはどんなことですか?
諏訪 社長就任後、私はリストラや社員の意識改革を進めたのですが、当初は社員たちの猛反発に遭い、そのときは孤独を感じましたね。当時は仕事に対する価値観も今ほど固まっていなかったので、「自分はなんて不幸なのだろう」と心が折れそうになったこともあります。
そんなとき、シェイクスピアの「世の中には幸も不幸もない。考え方次第だ」という言葉に出会ったんです。世の中には「絶対にいいこと」もないけれど、「絶対に悪いこと」もない。自分が悪い方向に考えなければそれでいいんだと腑に落ちて、意識的にネガティブな思考を排除するようになりました。それが習慣になり、今では仕事の上で何か問題が起こっても、「つらい」とか「大変だ」と感じることはほとんどありません。社長になって13年、会社がピンチに陥ったことも何度かあります。そんなときでも「もうダメだ」と後ろ向きにものを考えることはなかったですね。
――眠る時間もないほど多忙な日々の中で、シェイクスピアの本を紐解かれたのは、やはり悩みに対する「答え」を探しておられたのでしょうか?
諏訪 そうですね。経営者って、実は孤独なものなんです。例えば何かを決断するとき、誰かに相談して決めるとします。そうすると、万が一うまくいかなかったとき、その人のせいにしてしまう。だから私は、周囲の提案は受け入れるけれど、相談はしないことにしています。悩んだとき、頼りになるのは本です。初めは人の気持ちを知るために小説を読もうと思ったのですが、私自身が理系ということもあり、なかなか読み進められない。「理系の人は哲学書が読みやすいよ」とアドバイスをいただいて、手始めに哲学者や文学者の名言を集めた本を読んでいるときに出会ったのが、先ほど紹介したシェイクスピアの言葉です。
哲学書は難しいイメージがあるかもしれませんが、読んでいくと安心するんですよ。何百年も前の人が、自分と同じようなことで悩んでいた、こんなことを考えていたのは私だけじゃないと思うと、哲学者に自分を肯定してもらっているようで、私は孤独感から救われました。
<次回につづく>
聞き手・文/高橋実帆子 写真/稲垣純也
![]() |
「町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争」 著者:諏訪貴子 出版:日経BP社 価格:1728円(税込) ■ Amazonで購入する |