英雄になる人間には、強さだけでなく、愛が必要
そうして私の頭の中に、古代ギリシアの詩人、ホメロス※の傑作『オデュッセイア』が浮かんできたのです。ホメロスは古代ギリシアの思想家といってもいいでしょう。
二大叙事詩と呼ばれる彼の作品『イリアス』と『オデュッセイア』には、英雄の姿を通して、人間の理想的な生き方が描かれているからです(なお、『オデュッセイア』は別の人物の手によるものかもしれないという学術的な議論がありますが、ここではホメロスの作品であるという従前の解釈のもとにお話ししていきたいと思います)。
中でも『オデュッセイア』に描かれている主人公オデュッセウスの大航海冒険物語は、まさにニモや父親のマーリンの冒険を彷彿させるものがあります。オデュッセウスは、なんとしても家族の待つ故郷イタカにたどり着き、家族を苦しめた貴族たちに復讐をする必要がありました。
そのために海賊や人食い人種と戦い、また嵐の中危険な航海を続けたのです。とりわけ一つ目の人食い巨人キュクロプスに捕らえられたときには、まさに知恵と勇気を最大限生かして、最後は家畜の腹の下にぶらさがって洞窟を脱出します。これは自分を食べようとするサメやクジラから間一髪逃れた父親マーリンの姿や、水槽から飛び出し排水管を通って海へと逃れたニモの姿とぴったり重なるものです。
危険を前にしても、決してうろたえることなく、むしろ合理的に方策を考え、最後は勇気をもってそれを実行する。これが英雄の行動にほかなりません。オデュッセウスはそうして古代ギリシアの英雄になりました。いや、人類の英雄になったといっても過言ではないでしょう。現に『オデュッセイア』は時空を超えて今なお読み継がれているのですから。
そして現代の『オデュッセイア』ともいうべき「ファインディング・ニモ」もまた、ニモやマーリン、そしてドリーという英雄を生み出し、今また続編で新たな伝説を紡ぎ出そうとしています。
もう一つ決して見逃してはいけないのは、『オデュッセイア』の中でも「ファインディング・ニモ」の中でも、知恵と勇気を使った冒険だけでなく、愛や友情がふんだんに語られている点です。「ファインディング・ニモ」が泣けるのは、二人を助けようとする仲間たちの友情、そして何よりニモとマーリン親子の家族愛です。
友情や家族愛は『オデュッセイア』でもしっかりと描かれているのですが、これはきっとそうした要素が英雄の物語には不可欠だからではないでしょうか。英雄になる人間には、強さだけでなく、愛が必要なのです。自分が与える愛も、誰かから与えられる愛も両方含めて。それぞれの置かれた場所で英雄を目指す皆さんも、ぜひこの点だけは忘れないでくださいね。
ファインディング・ニモ
<ストーリー>
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文/小川 仁志