氷の世界を消滅させたのは・・・
ところが問題は、芸術による解脱は、稀にしか生じない一時的なものだという点です。そこで次に説かれるのが、道徳による解脱です。一時的ではない恒常的な道徳による解脱が論じられるのです。生が苦痛であるということは、生の一部である道徳も、他者とともに苦しむということを意味します。つまり同情です。同情することで、人は他者の苦しみを理解しようとするのです。エルサとアナが互いに気持ちを分かり合おうとしたように。そしてクリストフがアナを助けようとしたように。雪だるまのオラフも忘れてはいけませんね。
もっとも、この場合でさえ、実際には他者に対してできる限りのことをするという程度です。その意味では、生存の苦痛からの究極的な解脱にはなりえません。根本的には「生への意志」そのものを否定するしか道はない。これがショーペンハウアーの最終的な提案です。
それを可能にするのは、「禁欲」をおいてほかにありません。この場合の禁欲とは、仏教の宗教的諦念によってもたらされる種類のものです。この意志のあきらめ、禁欲的否定こそが、苦悩からの決定的解放を可能にするのです。これによって意志と表象としての世界が消滅し、苦悩が消えるというわけです。
ただ、エルサのあきらめは、本当の意味で彼女の苦悩を消すことのできるものではありませんでした。凍ってしまった国をなんとかしなければならなかったからです。それにできればエルサともまた仲良く暮らしたかったはずです。
このときエルサを苦悩から完全に解放し、氷の世界を消滅させたのは、アナの強い意志でした。エルサのあきらめにアナの意志が加わることで、ようやく苦悩が完全に消え去ったわけです。映画の中では二人で力を合わせることの大切さを描いていましたが、もしかしたらショーペンハウアーの思想も、誰かのあきらめに別の誰かの意志が加わることによって、世界を救うすごい理論になりうるのかもしれません。アナ雪はそれまでのアニメ映画を超えたといわれますが……、まさか偉大な哲学者ショーペンハウアーの思想をも超えてしまった!?
アナと雪の女王
<ストーリー>
販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
■ Amazonで購入する
文/小川仁志