今回の主役は、本サイトで「ハーバード流ワークライフバランス」「NPOで働く女性の世界」などを書いている大倉瑶子さん。その華やかな経歴には思わずうなってしまう。テレビの報道記者を辞め、米ハーバード大学院へ。マサチューセッツ工科大学に勤め、現在は防災プロジェクトを指揮するNPOのミャンマー事務所の代表だ。しかもまだ30歳前。こんなエリート、自分と違い過ぎる? いやいやとんでもない。やりたい仕事をするために、自分と向き合い高めていこうとする姿勢は地道で、華やかさとはかけ離れていた。自分にもできるかも……そんな勇気をもらえそうな、彼女の働き方をのぞいてみよう。
第2回 会社を辞めて大学院へ その後の勤め先でぶつかった壁(この記事)
第3回 ハーバードを卒業しNPO就職 大事なのは「納得感」 9月27日公開予定
大学院の授業で考えた、「相手の立場で考える」こと
私が入学したのは、ハーバード・ケネディ・スクールという大学院でした。公共政策におけるリーダーシップやマネジメント能力を養成するスクールで、学生は基本的には社会に出た経験のある人だけ。100カ国近い国々から、年齢も職歴もさまざまな人々が学びに来ていました。外交員、銀行員、弁護士、教師、医師、そして私のようなメディア出身者もいました。
関心のあるテーマはそれぞれ違っても、誰もが共通して持っていたのは、大学院のミッションでもある「公共のため」という思いです。そして、「自分は何をしたいのか、何のために仕事をするのか」という問題に、みんな真剣に向き合っていました。例えば、かつてウォール街の投資銀行家だった男性は、そのキャリアを捨て、アメリカの教育省で働くために学んでいました。また、経営コンサルタントだったインドネシア人の女性は、宗教による差別をなくすため、小学校で教育プログラムを実施するNGOを立ち上げ、学業と両立していました。計量分析の授業でいつも隣に座っていた同級生は、二人目の子どもを妊娠しながら、医療政策を学ぶために勉強している、女性医師でした。
そんな人々に触れ、私も「自分はどんな人材でありたいのか? どんな能力を発揮したいのか?」と考えさせられる毎日だったんです。
選択制のクラスは、実用的なことを学べるものばかりでしたが、中でも印象に残っているのは、「ケーススタディ」という、事例を基に議論をする授業でした。ある日のケーススタディは、こんな問題です。――「シカゴにウーバーが参入しようとしている。あなたは市長付きのアドバイザー。市長は来年選挙を控えている。参入をどう捉えるべきか、市長に完結に説明してください」。
専用のアプリを通じて必要な人に車を差し向けてくれる「ウーバー」の参入に対して、タクシー組合は仕事が奪われるといって、もちろん反対します。市長が選挙を控えているということは、政治的な配慮も考えに入れないといけません。必要な社会的・経済的・政治的コストや結果としてもたらされる利益も計算しつつ、自分の意見をまとめていくのです。
この時、実際にシカゴで育った同級生からこんな意見が出たんです。「シカゴは貧困層と富裕層の住む地域が分かれている。貧困地域では、公共交通機関のサービスもまともになく、タクシーも怖くてその地域には近づかない。ウーバーは、車がなくて困っている人の足になり得る」。
よく、「相手の立場で考える」といいますよね。これは、公的機関に限らず仕事をする上で欠かせないことです。でもさまざまな境遇の人がいる中では、その人の立場に立つなんて、究極は不可能です。実際私には、シカゴについてこのようなことは考えもつかなかったんですから。
この時、大学院の先生はこう教えてくれました。「自分があの人の立場だったらと考えているレベルではだめだ。自分だったらどうするだろうと言っている時点で、自分から抜け出せていない。相手の靴を履いて、相手の目線で考えなければ、自分と違う人と一緒に問題解決をしていくことはできないよ。そのためには、しっかりと相手や環境について勉強をしなければならない」。
これは、本当に難しいことです。でも、多様な意見を取り入れることで、さまざまな視点から物事を考えることができ、組織は強くなります。どうやったら立場の違う人の意見を取り入れ、仕事としてベストな結果を出せるのか、私は深く考えるようになりました。そして、世の中の問題に正解はないけれど、より良いアイデアならばあることが多いのだから、それをしっかりと考え抜いて、リーダーとして提示できる人材になりたいと思うようになったんです。
