『野櫻家の選択』 主な登場人物
癒しの特製ロイヤルミルクティー
疲れた、と美紀は思う。
二人掛けのソファに横になり、はみ出た足を肘置きの上に載せて、ぐったりしている。勇斗にはとても見せられないだらしなさだが、幸いもうベッドで眠っている。
「ほら、これ飲むと、ちょっと落ち着くよ」
和也がミルクティーを運んでくる。少量のお湯で濃い紅茶をいれ、それに大量のミルクをまぜて作った特製のロイヤルミルクティーである。仕上げにシナモンを振っている。胃腸が丈夫でない和也は、コーヒーよりも紅茶を好んだ。
「ありがと」
ソファから起き上がると、美紀は紅茶の入ったマグカップを取った。
「ああ、おいしい。和也のミルクティーは最高ね」
「今日のは茶葉がいいからね。美紀のおかあさんがくださったフォションの紅茶を使っているんだよ」
ああ、そういえば昨日母がお土産替わりに持って来てくれたんだっけ。きっとどこかからのもらい物に違いない。うちの母はフォションの紅茶をわざわざ買うような人じゃないし、と美紀は思ったが、それは口にせず、
「いくら葉がよくても、いれ方がよくなければダメよ。和也の腕がいいからだわ」
お互い、褒めるところは褒めよう。結婚当初に決めたことだ。ささいな口論や不機嫌を重ねて、快適な暮らしに必要なことは何かと考え、ふたりで出した結論である。
不機嫌やいら立ちは、意図しなくても自然に表に出てくるし、相手にも伝わる。だけど、相手に対する感謝や尊敬はなかなか伝わらない。だから、それを積極的に口に出そう、と決めたのだ。褒められて嫌な気持ちになる人はいないから。
「ありがとう」
和也も素直に美紀の言葉を受け止める。
ミルクティーにはほんの少し蜂蜜を入れているので、ほっとするような、やさしい甘さになっている。和也の人柄そのもののようだ、と美紀は思う。

「結局、謝恩会には間に合ったんだよね?」
「うん、まあ、ぎりぎり」
勇斗の卒園式当日、朝から着物を着る着ないでもめ、結局両親と和也の母に押し切られるかたちで着物を着ることになった。おかげで着替えに手間取り、その後会社に着いたのは打ち合わせの五分前。遅刻ではないものの、既に相手のクライアントは到着していたので、冷や汗をかいた。それだけでなく、昼食も食べずに駆けつけたので、打ち合わせの途中におなかが鳴って、恥ずかしい思いをした。みんな気づかないふりをしてくれたけど、きっと聞こえていたに違いない。