『野櫻家の選択』 主な登場人物
リビングには、美紀と和也が残された
美紀はマグカップの紅茶をぐっと一息に飲んだ。そして、ふうぅと大きく息を吐くと、勇斗に向き合った。
「えっと、今日はまだ水曜日だから、勇斗は今週あと二回、学童に行かなきゃいけないけど、それにも行きたくない、と言うのね」
こくり、と勇斗がうなずく。
「静岡のおばあちゃんに来てもらえないか聞いてみるけど、急なことだし、おばあちゃんにも都合があるから、無理かもしれない。その時は、ひとりで夜までお留守番することになるけど、それでいいのね」
もう一度、大きくこくりとうなずく。
「それについては俺が……」
言いかけた和也を、黙って、というように、美紀は手で制した。
「ともあれ、これからどうするかは、週末にゆっくり話し合いしましょう。ともかく明日明後日は学童を休むと連絡しておくから、それでいいわね」
「うん!」
勇斗が元気よく答える。
仕方ない。明日どうしても学童に行け、と言ったところで、感情的になっている勇斗は聞き入れないだろう。それに、明日明後日ひとりで過ごせば、にぎやかな学童にまた行きたくなるかもしれない。
ともかく冷静になれるように時間をおくことだ。
「学童は行かなくても、学校は休んじゃだめよ。ところで、明日の用意はしたの?」
「うん、いや、まだ」
「すぐにやりなさい。あとでママがチェックするから」

勇斗の学校の支度をみるのは美紀と和也、どちらとは決まっていない。手の空いている方がやるのだが、今日の和也はそれどころではないだろう、と美紀は思った。
「はーい」
学童に行かなくてもすむ、と決まったからか、勇斗は元気に返事をして、自分の部屋に小走りで向かった。リビングには、美紀と和也が残された。
和也が黙っているので、美紀が口火を切る。
「それで和くんの方、いきなり会社辞めるってどういうこと? 話の展開が早すぎて、ついていけないよ」
「俺の中では早くはないよ。実は、異動が決まった時から、会社を辞めることは考えていた」
「和くん……」
なんとなくそんな気はしていた。昔から、営業だけは行きたくない、と言っていたのだ。いつまでいまの部署で耐えられるかと懸念していたが、異動してひと月足らずで辞めるとは予想外だった。
「もともと営業には向いてないと思ったし、あの上司がどういう人間かは、人事にいたから知っていた」
「だけど、なぜ今日なの? 昨日まではもう少し続けるつもりだったんじゃないの?」