生徒たちに「読め」「読め」と押し売りしてしまう
新作が出るのを心待ちにするような作家がいるというのは、とっても豊かなことだと思います。僕にとって山田詠美さんはまさにそんな存在で、何ていうのかなあ、いつも気の利いた面白いことを言ってくれる芸術家肌の知的な友達がいるような、そんな感覚になれるんです。だから、生徒たちにも、ことあるごとに「読め」「読め」と押し売りしてしまう(笑)。
本に限らず、自分の見つけたおいしいレストランやお酒を紹介し、その良さを友人とシェアできるというのはうれしいものです。山田詠美作品はまさに自分にとってその一つであり、生徒がその魅力に取りつかれている姿を見ると、国語教師の役得だなって思うんですよ。
というわけで、最後にもう1冊、昨年出版された『血も涙もある』(山田詠美著、新潮社)を紹介したいと思います。登場するのは、50歳で有名料理研究家の妻、10歳年下で売れないイラストレーターの夫、妻の有能なアシスタントでもある35歳の夫の恋人の3人。
章ごとに語り手が替わり、それぞれの言い分が語られるのですが、そんなこと考えているのか! こんな感情を持つか、普通? とツッコミを入れたくなるような場面が随所に。結局、不倫であれ、なんであれ、世の中当事者にしか分からないことだらけなんですね。
理性ではいけないと分かっていても、どうしてもルールから外れちゃうのが人間というもの。良いか悪いかを超えた心の奥底にあるものに気付かせてくれる。まさに、小説を読む醍醐味が堪能できる1冊だと思います。
開成高校の2年生に、最近読んだ本を聞いてみると
先日、担任をしている高校2年生のクラスのグループLINEで、「最近読んで、面白かった本を教えてください」と流したら、みんなクラスLINEでは教えてくれないんですけど、個別メッセージに山ほど返信が来ました(笑)。
一番人気だったのは、西尾維新の「<物語>シリーズ」(講談社)。化物語、傷物語、偽物語…、とても多くの生徒が読んでいる感じでしたね。
もう少ししっかり読んでいる生徒だと、村上春樹、伊坂幸太郎、川上未映子、村田沙耶香、伊藤計劃、中村文則、辻村深月、凪良ゆう、住野よるの作品。ヘルマン・ヘッセやドストエフスキーなどの作品を読んでいる生徒もいました。
近ごろの子は本を読まなくなったといわれて久しいけれど、開成の生徒も読む子は読むし、読まない子は読まない。授業で教師がどんなにいい話をしても、寝る生徒もいる。いつの時代もこれは変わらないのではないでしょうか。
国語教育とは何か? 論理的な文章を読みこなしたり、実用文を書いたりする力はもちろん大切ですが、お話ししてきたように、小説を含む文学作品だけが連れていってくれる場所って確実にあるんです。
できるだけ多くの人に納得されるように書かれなければならない文章がある一方で、そうとしか表現されえない人の心の存在を知る。善悪を超えた、合理的か否かを超えた、もっと深いところにあるものにも思いを巡らせるきっかけをつくってくれるのが、文学ではないか。
だから、国語教師としては、少しでもたくさんの生徒たちにその魅力を伝えていきたいし、ひいては異なる存在を互いに認めることのできる力を、子供たちには持ってほしいと願い続けています。
取材・文/平林理恵 写真/稲垣純也