毎日「恵未ちゃん」と名前で話しかけた
翌日から、私は毎日、できるだけ恵未ちゃんのそばに行って名前を呼んであげるように心がけた。自分に名前があることを知ってほしいと思ったからだ。
「おはよう、恵未ちゃん」「恵未ちゃん、今日はいい天気だよ」「恵未ちゃん、気分はどうかな? 今日もお互い、がんばろうね」
初めは無反応だった恵未ちゃんだったが、毎日繰り返すうちに、声をかけたらうっすらと目を開けるようになってきた。恵未ちゃんは確実に、自分の名前を意識しているようなそぶりを見せた。私の提案に従って、看護師たちは、恵未ちゃんのベッドのまわりを、かわいらしいアニメのキャラクターの絵や美しい風景の写真で飾ってくれた。
しかし、恵未ちゃんの心臓は、確実に悪くなってきていた。
胸にはつねに心電図の電極が貼り付けられており、頭上にあるモニター上では、心筋活動の波形が緑色の線を描いて、画面の左から右に流れていた。モニターからの機械的な音が、一定のリズムで心臓の動きを示していた。そのリズムが、時々乱れるようになっていた。
主治医は、点滴の中の強心剤の量を増やしていった。薬を増量すると一時的には効果があったが、数日経ったら再び心臓のリズムが乱れるようになって、さらに薬の量を増やす、ということが何回か繰り返された。
主治医が増やす強心剤の作用よりも、恵未ちゃんの心臓を止めようとする力が勝る日がついに訪れた。主治医は人差し指と中指の2本の指だけで、彼女の小さな胸の心臓がある場所を周期的に押した。そのたびに、モニターの画面には緑色の不規則な波形が現れるが、主治医が押すのをやめたら、波形は一直線になって左から右に流れた。何回かこのような作業が繰り返されたが、心臓が再び自発的に動き出すことはなかった。
普通なら、患者の家族が駆けつけるまでは、蘇生のための心臓マッサージを中止することはない。家族の同意なしでは、心臓マッサージを勝手に中止して患者の生への可能性を放棄することはできないからだ。可能性がたとえ0パーセントであっても。しかし、恵未ちゃんの親に連絡を取っても「すぐには行けないので、蘇生術はしなくてよい」との返事だった。
主治医は心臓マッサージを中止した。モニターが描く緑の線がずっと一直線なのを1分間確認して、主治医は死亡を宣告した。直ちに、胸に貼られた心電図の電極が外されて、モニターの電源が切られた。
午前3時。恵未ちゃんはまだ生後4ヵ月だった。
その日の朝方、恵未ちゃんがその命を終えて3時間以上経ってから、両親がやってきた。初めて見る母親の姿だった。