「この小説には私自身のことが描かれている」。そんな気さえした
『明日の食卓』(角川書店)を8月に出版した作家・椰月美智子(やづき・みちこ)さん。椰月さんは小学校4年生と2年生の息子さんをお持ちの共働きママ
日経DUAL編集長 羽生祥子 子育ての日常をここまでリアルに正直に描いた作品は初めて読みました。これは「虐待」をテーマにした小説ですが、ディテールの表現が見事で、まるで自分のことのように怖いくらい共感できました。椰月さんも小学校4年生と2年生の息子さんをお持ちなのですね。
椰月美智子さん(以下、椰月) はい。小説に出てくる共働き夫婦の留美子の息子達は、まさにうちの息子達がモデルになってます。息子達は“ザ・バカ!”って感じです。
―― (笑)。「どちらか一人なら人間なのに、二人そろうと怪獣になる」など、実際に男の子二人を育てていないと書けないなあと思う描写がたくさんあります。印象的だったのは留美子が一人でスーパーに行っているたった数分の間の出来事。外で一呼吸入れて、せっかく「これからは子どもに優しく、時間を大事にして笑顔で過ごそう」と誓って帰ってきたのに玄関ドアを開けた瞬間、家の中が滅茶苦茶になってしまっている。その後は全く違う展開が待っていた……。
子育てって本当にこのシーンのようなカオスの連続ですよね。この作品のすごいところは、見栄を一切入り込ませず現実を書ききっている点。椰月さんが子育て中のママだと聞いて、勇気のある方だなぁと感動しました。
椰月 うちの子ども達のことをリアルに書きました(笑)。ただ他の登場人物はすべてフィクションです。経済的にも時間的にも少し余裕がある専業主婦と、今すごく増えていると思われる共働き世帯、そして貧困に苦しむシングルマザーと、それぞれの母親像を差別化しようと思って書きつつ、「こういう人っているな」と多く共感していただけそうな家庭像を描きました。
―― 構成が本当に巧みですよね。石橋家が3家族出てきて、それぞれの家庭に漢字は違うけれど、8歳の「ユウくん」がいる。冒頭の一ページで、ある「ユウくん」が誰かに殴られているシーンが描かれていましたが、それがすごく衝撃的でした。
椰月 怖いですよね。
―― そう、怖い。でも実は、「こんなひどい人いるの?」とは思わなくて、どこか自分のことを書かれてる気さえしてしまったんです。
椰月 え!? それはどの辺りで?
―― いえ、あの暴力を振るうというより、ついカーッとなってしまう感覚ですね。子どもをこんなに愛しているのに、なぜかギリギリな気持ちになることは、上の子が5~6歳、下の子が3~4歳のときによくあって苦しい時期でした。今思うと不思議なくらい淵に立たされていたと思います。
椰月 それは多分きっと誰にでもあるんじゃないかなぁ。
―― なので「結局ユウを殺してしまったのはどの母親なの?」 とハラハラしながら一気読みしちゃいました。