前歯の被せ物でじゃっかんラクダっぽくなってしまったけれど、家で仕事してるだけだし、それはべつにいいとしよう、物が噛めないのはつらいけど、何よりも体重を減らすこれは最後のチャンスじゃないのか……ものすごくものすごく悩んだけれど、そのまま続行することに。
ありがたい日常と、明日変わるかもしれない人生
食べる量が減ったことで徐々に減っていく体重がうれしくて、ついつい調子に乗っちゃって、昨今大流行している「30日スクワット・チャンレンジ」なんかもやりだす始末(効果ありますぜ)。慣れないことも色々あるけれど、でも、ふと不思議な気持ちになるのは、「ああこうやって、まったくかかわらなかったであろう世界の住人に、人はなってしまうものなんだなあ」という感慨だったります。
矯正をしている人たちはたくさんいるけれど、自分が矯正をする可能性について考えたことなんて一度もなかったわけだし、思えば出産だってそうだった。「明日、何が起きるのかわからない」ということをわたしたちはよく理解しているつもりでいるけれど、それとはべつに、やっぱり変わらない日常というものを深く信じてもいるわけで。事故や病気や、親の介護……大変なことにくわえて、出会いや飛躍や出産など、なにかの始まりを告げるうれしい出来事──「これが自分の毎日、これが自分の生活」と思っている横には、色々な「これまで無縁だと思っていたこと」が絶えず存在していて、ふとしたときにつながり、絡み合ってゆくものなのだと思う。
そういう意味では、40歳にもなってこれまでとは違う噛み合わせを経験することになったり、そのことでふだんは気にもしなかったありがたさに気づけたり、生活そのものを見直すきっかけになったり……ありきたりではあるけれど、しかしそのときどきに学べることが山のようにあるんだな、としみじみ思う。何事もない穏やかな日常のかけがえのなさをベースに、そして「明日、自分の人生がどんなふうに変化するかはわからない」ということへ姿勢も忘れずに、そんなふうに40代をスタートさせたいなと思う日々です。今日もフレシネを飲んで、そんなことを考えた。
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