「パパ、お風呂洗ってくれた?」
「何度だった?」
多香実がたずねると、秀介は「は? なにが?」と、怪訝そうな顔で問い返した。
「熱よ。何度?」
「ああ、計ってない。熱はないと思うよ。かったるいだけ」
そう言って、冷蔵庫からビールを取り出し、その場でプルタブを開けて飲んでいる。多香実はその行動に呆れ、ひとこと言いたかったが、言い争いになるのが面倒なので黙っていた。
眠いのか、なかなか食べ進まない颯太の口にご飯を運んでやりながら、テレビに夢中になっている杏莉に声をかけて箸を動かすよう促す。お腹はぺこぺこだったが、自分はゆっくり食べている間もない。秀介は天丼弁当を食べながら、2本目の缶ビールを開けている。
これから2人の子どもを風呂に入れて、寝かせなければならない。明日は日曜だが、午前中にヤマハの英語教室とリトミックがある。慌ただしく風呂を済ませ、子どもたちを寝かしつけながら、一緒に寝落ちしてしまいそうになるのを必死でこらえる。二人が寝入ったのを確認しリビングに戻ると、秀介がソファーで居眠りをしていた。
「ちょっとパパ。本当に風邪ひくわよ。起きて」
秀介を揺り起こしながら耳元で言うと、秀介は腹をかきながら、うるさいなあ、とつぶやいた。
「片付かないからお風呂入っちゃってよ」
ふぁいふぁい、とあくびをしながら返事をする。
今日は新聞を読む暇もなかった。平日はほとんど読む時間がないので、土日ぐらいはしっかり目を通したいと思いつつ、もはやそんな気力は残っていなかった。とりあえず、気になる見出しだけを拾い読みする。
「あー、すっきりした」
スウェット姿の秀介が、タオルで頭を拭きながら風呂から戻ってきた。営業で人と会うことが多いせいもあるのか、秀介は年齢よりも若々しく見える。営業先で、年下の部下のほうが課長だと思われることもよくあるそうだ。営業職としては、貫禄があったほうがいいのではないかと思い、以前多香実がそう言ったところ、秀介はそんなの関係ないない、と笑った。まずは顔を覚えてもらうことが第一だから、見た目のことで話題が広がって、相手に印象づけることができて重宝だと言っていた。
「パパ、お風呂洗ってくれた?」
「あ、忘れた」
多香実は小さくため息をつく。忘れるわけがないと思う。最後に入った人が洗うことになっている。たいてい最後は秀介だが、ここのところずっとサボっている。
「悪いけど、あとで洗っておいてね」
聞こえないふりをする秀介に、多香実は、「パパ、よろしくね」と念を押した。
「明日でもいいよな」
と返ってきたので、忘れないでね、と付け足した。秀介はソファーに移動して、さっそくテレビを見ている。