待機児童解消の一環として進められる「弾力運用」とは?
小林美希
1975年、茨城県生まれ。茨城県立水戸第一高等学校卒。2000年に神戸大学を卒業後、株式新聞社に入社。2001年、毎日新聞社「エコノミスト」編集部。2007年からはフリーのジャーナリストとして活動。雇用全般、マタハラなど女性の就業継続の問題を中心に取材・執筆している。『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質~患者の命は守られるのか』(岩波新書)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新書)など著書多数。
日経DUAL編集部 小林さんは、2016年8月の特集「今、保育園が危ない」では、このままでは今後も保育園の質は悪くなる一方だろうと予測していました。1年経過して、状況は変わっていませんか?
小林さん(以下、敬称略) 保育の質を取り巻く状況は良くなるどころか悪化しており、残念ながら今後も悪化していくと言わざるを得ないでしょう。保育の質が低下すると、事故や虐待などの事件につながる恐れがあります。そんな環境で、子どもたちは日々安心して過ごすことができるでしょうか。
待機児童を解消していくために、国による様々な規制緩和が行われていることが保育の質を悪化させているのをご存じですか? 2000年に保育業界に株式会社やNPO法人の参入を容認する規制緩和がされました。「保育所運営費の経理等について」という通知を出し、それまでは行政が私立の認可保育園に人件費として支払っているお金は人件費としてしか使えなかったのですが、人件費を事業費や管理費などに回す「弾力運用」ができるようになりました。
さらに、2017年4月の改正では、社会福祉法人が同一法人の運営する介護施設へ人件費を流用することを認めています。私は現在、この点について調査を続けているのですが、大きい保育園の場合、約2億円の補助金のうち、3000万~4000万円が介護施設や他事業に使われていると見られるケースもあります。保育士の賃金に使われるはずのお金が、老人ホームなどに使われているとは本末転倒。これでは保育の質が下がる一方です。一定の基準は設けられているもののハードルは低く、この弾力運用が諸悪の根源になっています。
民間企業が参入しやすい制度に
―― なぜそのような弾力運用が認められているのでしょうか?
小林 時代の要請もあり、待機児童の解消が政治課題になっているからです。公立や社会福祉法人だけでは待機児童を減らすことができず、目をつけたのが民間企業です。ニーズがあるときはどんどん参入し、利益を生み出し、少子化になってニーズがなくなったら撤退するのが、営利企業。行政は一度ハコを作ってしまったらずっと残さなければならないし、保育士を雇ったら定年まで地方公務員で雇わなければならず、人件費もかかる。その点、民間企業にお願いするほうがはるかに簡単なわけです。
けれど、民間企業は利益を追求しなければなりません。そもそも保育の業界は人件費を抑えることでしか利益が出ない。営利目的の民間企業を参入させるために、人件費を抑えて利益を生みやすいような制度に作り替えたのです。
当然、株式会社では人件費の割合が低くなります。でも保育士、一人ひとりの仕事内容は変わりません。その分、割が合わなかったり、過労が重なったりする職場が出やすくなるわけです。正しく補助金が使われていないということは、親にとっての不利益であり、何より子どもにとっての不利益です。しかも税金と親が支払う保育料を使っているのだから、許してはいけません。