何歳からでもチャレンジ!
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家族とも仲がいいのに、ある日突然、勤務先の近くに部屋を借りて1人暮らしを始めた「やめ主婦」の大野清美さん。その後、書き始めたブログが出版され、2021年には62歳でマラソン自己ベストを更新、TOEIC講師に……と次々に夢を実現しています。夫の転勤に振り回されながらも37歳で米国の大学院に留学し、48歳で理想の転職をするなど、さまざまなチャレンジを続けてきた大野さんの「挑戦をやめなければ夢はかなう」人生を聞きました。
定年2年前、思い切って不動産屋に飛び込んだ
編集部(以下、略) 家族とも仲が良く、仕事も順調だったのに、58歳のときに家を出て1人暮らしをしようと思ったきっかけは何でしたか?
大野清美さん(以下、大野) まずは「散らかったリビングを見て毎日イライラしていた」というのが正直な気持ちです。当時は自分と夫と社会人の娘2人が働いていて、娘たちは仕事に夢中だし、夫は昔から散らかす人だったので、「自分だけが家事をしている」という被害者意識に陥っていました。でも家族とけんかをするのが嫌で、1人で過ごせる空間が欲しかった。
それで、たまたま通りかかった不動産屋に飛び込みました。勤め先から徒歩15分のところに4万8000円の部屋を紹介してもらい、「それぐらいの出費ならば賄える」とすぐに決断して翌週には契約していました。本当にお金より何より、とにかく自分の時間が欲しかったんですね。
―― 家族や周囲にはどう説明したのですか?
大野 夫には部屋を契約してから伝え、いわゆる「保証人」になってもらいました。最初はちょっと後ろめたい気持ちもあったんですが、普通に仲がいい家族でしたし、夫も子どももすんなりOK。ただ職場で話すと、「今年一番の衝撃でした」と言われたり、「え、離婚するんですか?」と上司に聞かれたり(笑)。でも同世代の女性からは「うらやましい」と。
―― 主婦をやめて家を出ることで、何に時間を使いたいと思っていましたか?
大野 1つは還暦までにマラソンの自己ベストを出すことに挑戦するために練習時間を確保したかった。55歳のときに初マラソンを完走したんですが、その年に乳がんになってしまって。手術後に抗がん剤治療をしていましたが、抽選倍率10倍の東京マラソンに当たり、どうしても出場したくて。医者に「それは難しいね」と反対されたら、余計に走りたくなった(笑)。それが起爆剤になって、治療を続けながら15年の東京マラソンに出場しました。その後も、もっと走り込みたい、時間がないという気持ちが募っていました。
もう1つは読書とブログを書く時間を確保すること。家にいるとどうしても家事から離れられません。でも主婦をやめたら、時間を自分のことだけに使えるし、誰かの役に立つことにも使えます。気持ちを外に向けることができる。当時、58歳で定年まであと2年だったので、定年前に新たな道を見つけたいという気持ちもありました。
―― 家を出てみて、具体的にどんな変化や成果がありましたか?